【難病】僕が4年前に罹った血栓性血小板減少性紫斑病(PPT)について

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世の中にはたくさんの病気がありますが、その中でも「難病」と呼ばれる病気があります。

簡単に言うと罹患する人数が少なく、治療も難しい病気を主に指しています。

今回は、僕が以前罹った血液疾患の難病「血栓性血小板減少性紫斑病」について書いてみたいと思います。

なお、僕の個人的な症状や治療法についてのみ書いていきます。そのため、医療情報としてはそこまで信頼できるものではなく、あくまでも個人の体験記であることを先に断っておきます。

血栓性血小板減少性紫斑病とは?

ざっくりと説明していきます。

血小板が超少なくなる病気

簡単に言うと、血液中の血小板がめっちゃ少なくなる病気です。

健康な人の血小板の数は13万〜37万/μLなのですが、僕が即刻入院を言い渡されたときの血液検査の結果ではわずか7000/μLしかありませんでした。正常値の下限の5%程度しかなかったんですね。

この原因は、病名にもあるように血栓ができることによって血小板が使われていることです。

本来は血栓ができないように血小板の凝集を防ぐADAMTS13活性というものがあるのですが、これが原因不明で激減しており、血栓ができまくっていたわけです。

ちなみに、先天的にこのADAMTS13活性が少ない人(先天性TTP)もあります。僕は急になったので、後天的TTPに当たります。

血栓性血小板減少性紫斑病の発症率は0.0004%

だいたい100万人あたり4人が発症するようです。まさか自分がそんな確率で罹るとは思いませんでしたね。。

女性の方が多い病気のようですが、僕のように男性もかかります。また、高齢になると男性の比率が高くなるみたいです。

原因不明の難病

明確な原因は分かりません。アレルギー性、特定薬物が原因とも言われますが、原発性のことが多いようです。

15年前なら有効な治療法がなく、死に至るケースもあった

現在は血漿交換療法という治療法が確立されており、大半のケースでは寛解するようになったらしいです。しかし、もし僕が20年前にこの病気になっていたらおそらく死んでいたでしょう。これは医者にも言われて、ちょっとびっくりしましたね。それと同時に安心しました。

病気が発覚した経緯・症状

もしかしたら誰かの役にたつかもしれないので、僕の病気が発覚したケースを紹介します。

二日酔いが長引いているなと感じた

まず、お恥ずかしい話であり、絶対に真似してほしくないことなのですが、当時19歳だった僕は大学生の悪ノリでウイスキーロックのダブルを7杯一気飲みするという暴挙に出ました。僕自身とても酒に強く、飲んだその時は全く問題がなかったんです。そしてそのまま家に帰宅し、スヤスヤと眠りました。

次の日の朝、さすがに頭も痛いし喉もすごく乾いていました。「これが二日酔いか」と思いながらその日を過ごしましたが、次の日も同じように具合が悪く、またその次の日も具合が悪かったんですね。当時の僕は二日酔いを経験したことがなくて、こんなに長引くものなのかと思っていました。

他に気になる症状としてあったのは、トイレに行くたびに尿の色が濃い焦げ茶色だったことです。痛みはないけど、見たことのない色で、さすがに不安になりました。

ご飯が全く食べられなかった

具合が悪い時って全くご飯が食べられないということはよくあると思います。ですが、僕の症状はそんなものではありませんでした。ゼリーすら食べられないくらいに受け付けなかったんです。

お腹は空いているのに、食べようとすると吐いてしまうのを繰り返していて、さすがにヤバイと思いましたね。

とにかくずっと気持ちが悪かった

授業中もバイト中も具合が悪く、とにかくずっと吐きそうでした。そのため大学も休んで家でゆっくり寝ていたのですが、何も食べていないのに吐きそうだし頭痛がひどいという状況でした。

腕や脚に身に覚えのないアザができていた

特にぶつけた記憶のない箇所にアザができており、もしかして酔った勢いでどこかにぶつけたのか?とも思いました。しかし、日を追うごとに小さなアザが増えていったので、何かおかしいぞと思いました。

目が黄色くなっていた

そして、具合が悪くなってから3日経った時、鏡を見ると自分の白目の部分が黄色くなっていることに気づきました。調べたところ、黄疸ということが分かり、その原因は「肝臓」にあると書かれていました。

この時、「完全にお酒で肝臓を壊したんだ。。。」と思い、未成年で飲酒をしてしまったことを隠したい気持ち半分、このままだと死にそうという気持ち半分で病院に行きました。

しかし、病院での検査結果は「肝臓に異常なし」でした。そのかわり、内科の先生に「血小板の数が少なすぎるから、ちょっと血液内科の先生に話してくるね」と言われました。その後、血液検査をもう一度行い、先生からは「このまま家に帰すわけにはいかない。転んだら死んでしまうくらい危険な状態だよ」と言われ、即入院が決まりました。。

治療法

こうして入院が決まったわけですが、その日の夕方には1度目の治療が始まりました。

血漿交換療法

血漿交換療法とは、その名の通り血液の血漿成分を交換する治療法です。要は僕の血漿がADAMTS13活性を作り出せなくなっている状態だったので、交換することで正常に戻す治療です。

この治療は、ほぼ人工透析と同じ方法で行われます。僕はカテーテルを股関節の血管に通して治療をしました。

実は血液ってアレルギー反応がすごくて、僕は最初の治療で交換速度を早めに設定された結果、アレルギーで息が苦しくなって本気で死ぬ一歩手前までいきました。血圧が上60下30くらいで、スーッと意識が飛んでいくような感覚でした。

「こうやって人は死ぬんだな、今まで楽しかったな」と達観しましたね。笑

治療時間は1回10時間ほど

僕のアレルギー反応が強かったこともあり、2回目以降の治療はゆっくりと血漿交換をすることになりました。その結果、1回10時間ほどかかるようになりました。

これは非常に大変で、ただ寝ているだけではないんです。「動いちゃダメ」なんです。装置が外れてしまうと大変なので、体勢を変えることができなかったんです。笑

1時間に1回程度看護師さんが確認にくるのですが、股関節に埋まっているカテーテルを確認されるのは割と恥ずかしかったですね。。笑

アレルギーで全身が痒くなった

治療が終わって病室に帰ると、そこでも地獄が待っていました。アレルギーで全身が晴れ上がり、痒みに耐え続けなくてはなりませんでした。

かゆみ止めの薬を打ってもらってようやく眠れるようになるのですが、なかなかストレスがすごかったですね。

退院後

こうした血漿交換を8回実施して僕は血小板の数が安定するようになりました。

回数は人によってマチマチだそうで、多い人では40回以上も繰り返したようです。

さて、退院後のケアについて紹介していきます。

半年に1回の血液検査

病気から4年経った今では、半年に1回病院に行って検査を受けるだけです。

最初の頃は2週間に1回、1ヶ月に1回といったペースでしたが、症状が落ち着いていることから半年に1回になっています。

ちなみに僕は遺伝的に肝臓がよくないらしく、数値は毎回微妙です。笑

献血に協力できません

血液疾患に罹患したことのある人は献血ができないんです。

これは仕方ないですよね。僕が数千人の血液から作られた血漿をたくさん使わせてもらったので協力したい気持ちは山々なのですが、無理なものは無理なので。。

難病医療費助成制度を活用しよう

この血漿交換療法ですが、めちゃめちゃ金がかかります。1回あたり40万円くらいかかっていると言われました。「病院的には赤字なんだよね笑」と先生にも冗談混じりで言われましたし。笑

そこで、少しでも負担が軽くなるように国の助成制度を利用して金額を抑えるようにしましょう。

以下、その案内です。

https://www.ttrfap.jp/pdf/VYN75H022A_ttrfap_iryouhijosei.pdf

治療費の2割負担以内で済むので、難病指定されている病気になった場合は必ず手続きをするようにしましょう。お医者さんも協力的に動いてくれます。

まとめ

今回は血栓性血小板減少性紫斑病について僕の経験を書きました。

個人的には治療が大変な病気だなと思うので、もし周囲の人がこの病気になった場合は支えてあげてください。

この記事が誰かの役に立つことを願っています。

あ、未成年飲酒は絶対にダメですよ!ホントに!

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